2007年01月22日

「音のない記憶」

ヒロボンたんに本を貸したら、お礼にって
「音のない記憶」という本をを貸して頂いた

200701210920000.jpg

「君が今度案内する知り合いの方は
井上孝治さんについてかなり関心を持っているって話だったよね?
予習を兼ねて読んでおくといいよるんるん
ヒロボンたん気遣い有難うございます〜キスマーク

井上孝治さんという方は、福岡在住で
ろうあの天才写真家と有名なお方だ

名前はよく聞いてたし、写真展の時は見に行った事もある
しかしこの本には”へえ!”と満へえ出したいぐらい
知らなかった事実や秘話がどっさりだった

3歳の時に階段から落ちて、聴覚と言葉を失いながら
ハンディキャップを乗り越え
フランスの「アルル国際写真フェスティバル」に招待され
「アルル名誉市民章」を得るまでの写真家となった

と同時にろうあ運動にも心血を注ぎ、全国のろうあ写真家を
一つにまとめ「全日本ろうあ写真連盟」を創立した



高齢のろうあ者に聞こえなくなった原因を聞くと
「階段から落ちた」という方が多いのだ
今も同じ理由で聞こえなくなる人が居るのかな?

写真に熱中するあまり、家業は奥様に任せっきりで
家族の方は大変苦労したそうだ
でも奥様が暖かく見守っていてくれたから
こうして”写真家”として名を成すまでになったのだな

ろうあ活動に熱中するあまり、家庭がおろそかになってしまう方も
沢山居られるだろう
何にせよ、家族の理解と協力は不可欠だな

印象に残ったのは
1958年暮れから1959年1月まで
返還前の沖縄へ渡って、写真を撮っていた事である
当時はパスポートが必要だったしお金も米ドルだった

沖縄に居たろうあ者達とも熱心に交流を深め
あちこちで写真を撮っていた


その沖縄の風景や生活を撮った沢山の写真が
30数年ぶりに沖縄で展示された時に大きな反響を呼んだんだそうだ

「あの写真は私です」とか「これに写ってるのは母です」とか
名乗り出て焼き増しを希望する人が絶えなかったそうだ

当時の沖縄は、戦争中に写真が焼けて無くなった人も多かったし
そして戦後も、戦争の傷跡がまだ深く残っていて
写真を撮る余裕があった人達は少なかった

だから井上さんが撮った写真を見て
本当に嬉しかったんだろうなぁもうやだ〜(悲しい顔)

そしてヒロボンたんから
「井上孝治さんの写真葉書は、井上孝治博物館及び
アクロスにある”JULIET’sLETTERS(ジュリエットレターズ)”
2店しか売ってないよ」

早速仕事帰りに寄ってゲット!

200701222152000.jpg

とても味のある写真ですハートたち(複数ハート)
井上孝治さんのプロフィール写真もあるけど
なかなか渋いダンディなオジサマです

もし生きておられる時にお会いして
「写真撮ってあげようか?」なんて言われたら
もう喜んでモデルになったかも〜(大爆笑)
あ、ちなみにヌードはお断りやで〜(念の為…)

機会があればご覧あれるんるん
posted by ピヨ at 22:04| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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